2011年01月11日

【その他】関係無さそうで関係無い話

ふとプレイング上達スレを見たら滅茶苦茶輝いてたレス。
258 :名無しプレイヤー@手札いっぱい。:2011/01/05(水) 22:58:04 ID:MG2lgzWq0
問題

六武衆ミラーでサイチェン後のマッチ2戦目、自分先攻
カゲキ影武者からシンクロでシエン
バックは神宣1枚セットのみでターンエンド
相手ターン、相手がサイクロンでこちらの神宣を対象にサイクロン

この時シエンの効果でサイクロンを止めるか止めないか、どちらが正解?

264 :>>258:2011/01/09(日) 23:21:23 ID:UlY5yMyz0
正解は止める

理由は六武ミラーだとあっさりとモンスターで解決されてしまうから
止めなかった後は悲惨だ
せっかく残したシエンの能力も使う事なく高い確率でゴヨウで奪われる
シエンの能力より圧倒的に神宣の方が大事

以前このシチュになったんだよ
相手がシエン側でセット1枚
こちら手札に狼煙サイクロン2月の書門警告
サイクロン1枚目でシエンの能力使わせて2枚目でセットを破壊し、
狼煙で露払いサーチしてきて月の書でシエン眠らせて門張って露払いで殴るってシナリオのはずだった
にもかかわらず相手が1枚目のサイクロンをスルー、割れたのは神宣
結局2枚目のサイクロンが腐り、門をシエンの能力で犠牲にして狼煙と月の書を通した
相手がバカだったせいで噛み合わずに最終的に負けたわ
たまたまこっちの手札が悪かっただけで、確率論で言えばプレイミスなんだよな
本当にウザかった


具体的なプレイングについては割とどうでもいいんだけど、もの凄い量の議論材料がこのレスに詰まってる。相手が期待値の高い行動を取ることを期待していることを相手に読まれて、相手があえて期待値の低い行動を取ることで自分の動きをスカしてしまった。得するために期待値考えて動いたのに読まれただけで全然得しない。読まれたら期待値は役立たずなのか、じゃあそれを見越せば結局どうすれば良かったんだろうか。
この類の議論は友達と何度かしたことがあるけど、結論は出ず仕舞い。

ここに二人対戦のゲームを想定する。これから使う「自分」「相手」という言葉は文脈に関わらず絶対的な「自分」と「相手」を指す。わかりづらければ「A君」「B君」と読み替えてくれてもいい。
自分は行動Aと行動B、二つの行動のうちどちらかを行い、相手は自分がどちらの行動を取るかを予想して一つだけ潰すことが出来る。行動が潰された場合はどちらの行動であっても利益はゼロだが、行動が潰されなかった場合はどちらの行動であっても一定の利益を得る。ただし、成功した時の利益は行動Aの方が行動Bよりも大きく、相手は結果に関わらず特に利益を得ない(自分が損をすることで相対的な利益は得うる)。また、お互いにゲーム内容を完全に把握している。
さて、
「相手が「究極的に頭の良い存在」であることを仮定した場合、【<『自分にとって期待値の高い行動を自分がすること』を相手が想定して行動すること>を想定し、あえて期待値の低い行動を取ること】と【単に自分にとって期待値の高い行動を自分がすること】はどちらの方が利益が高いのか?」
ただし、「究極的に頭の良い存在」というのは単に論理や思考に非常に長けているという意味でギャンブル漫画にありがちな予知的な能力は一切有しない。
「究極的に頭の良い」相手が期待値を元に行動するとすれば、相手は「自分が最も利益の高い行動をする」と予想してそれを潰しに来るはず。だが、自分はその「潰しに来ること」を想定して「利益が低い代わりに潰されない行動」を取る。潰された場合はゼロだが、期待値が低い行動は成功すれば一応の利益が発生するので、自分は得をすることになる。
だが、相手はそのことに思い当たらないのだろうか。「究極的に頭の良い存在」ならば、自分が思考した結果その結論に達することを見越して「利益が低い代わりに潰されない行動」を相手側から見た相対的な利益を下げながら潰しに来ることが出来る。潰すことに成功すれば、自分の利益はゼロとなり相手の勝ちだ。このとき、相手は期待値を度外視した行動を取ったが、結果としてゲームには勝利した。
ここからが本題で、更に自分も「究極的に頭の良い存在」であると仮定した場合は果たしてどうなるのか、という話。自分は相手が相手側から見た期待値を度外視して自分の「期待値の低い行動」を潰しに来ることを想定してあえて「期待値の高い行動」を取り、相手はそれを既に見越している、のを自分は見越している。お互いの読みは堂々巡りする。
で、「ま、結局のところジャンケンと同じで運次第よね」とお互いにため息を付いて結論付けたとする。しかし、このゲームは二つの行動のうち正解した時の利益が違うため、やはり単に「利益の高い行動」を行うことが、数学的に厳密な「確率×結果」という意味での期待値で得をする「正解の行動」ということになる。しかし、自分にとっての「正解の行動」が生まれてしまった以上は相手としてはこれを潰すのが「正解の行動」になり、自分は更にこれをかわすことが「正解の行動」であることを確認するが相手はそれに思い至りこれを潰しに来る、と再び延々とループしてしまう。運次第であると結論付けたはずなのに、何故読み合いを止めることが出来ないのか。ゲームの定石であるはずの「期待値」という考え方は本当に正しいのか。
そして、正解はなんなんだろう?

うーん、大分わかりづらいけどこれ以上わかりやすくはかけない。
学問としてのゲーム理論にはあまり詳しく無いんだけど、ゲーム理論ではこのゲームの結論は出てるのかな?
あ、最初の六武の話は導入として挙げただけで、聞かれると困っちゃうんで「それで結局正解のプレイングはなんなの?」とか聞かんといてください。
posted by LW at 01:21| Comment(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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